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えんめい茶アーカイブス
VOL.6 1991年秋

たかが犬、されど犬

信濃毎日新聞夕刊に連載中の私のまんが「ズクたん」に、ボケという名の犬が登場します(とぼけた犬だからボケと命名しました)。こんな楽しい犬がほんとにいたらいいなァーと、ファンになって下さる読者の方がいます。

私の少年時代、わが家では犬を飼っていました。家の回りに捨てられていた子犬が居着いてしまっただけのことですが、それでも、“家族の一員”としてみんなで可愛がりました(時にはイジメたりしましたが)。

ところが彼が成長するに及んで、近所の畑を荒らしたり、人に吠えたりで苦情が絶えなくなりました。わら縄で繋いでおいたぐらいではすぐに千切ってしまいます。貧乏なわが家では首輪もクサリも買えませんでした。しかも今と違ってその頃は戦後の食料難がまだあとを引いていて、貧乏人は犬など飼うべきではない−というムードがありました。

そんな時、村内の土建会社の社長さんが、ぜひ彼を欲しいと言ってきました。あちこちからの苦情に困り果てていた時だったので、つい渡りに舟とばかりにその話に乗ってしまい、彼は一袋の駄菓子と引き換えにその社長さんに引き取られて行きました。学校から帰ってきてそれを知った2番目の弟が泣き叫びました。彼を一番可愛がっていた弟です。もちろんほかの家族も、彼が居なくなった淋しさがジワッと身に染みて、しんみりとした日が続きました。

それから何か月かして、突然彼がわが家の土間に飛び込んできました。クサリを千切って一直線に戻ってきたのです。あの瞬間はいま思い出しても涙が出そうになる程の感動でした。

でも、すぐに土建会社の人が連れ戻しにきて、それが彼との最後の別れになりました。1年程経って、彼は山奥の現場に連れて行かれ、そこで働いている人たちに食べられてしまったことを知りました。

私たちのことが忘れられず、土建会社の人たちには懐かなかったのでしょうか。死ぬとき彼は私たちに助けを求めていたのかも・・・などと考えると、40年も経った今でも堪られない気持ちになります。ということで、まんがに“楽しい犬”を登場させて、無意識に昔の罪滅ぼしをしているのかも知れません。

いまのわが家にも一頭の犬が居ます。息子が小学校低学年まで極端な犬恐怖症で、これを治すには犬を飼うしかない−と飼いはじめました。それから14年、息子の犬嫌いは犬大好きに転じ、車に轢かれた犬をそっと土を埋めてやる程に成長して、社会へ巣立って行きました。目下のわが家は私と妻とズク(犬の名前)の三人家族です。昔の“彼”の話をすると妻は、ズクを大切にしてやればきっと“彼”はあの世で喜んでくれる−と慰めてくれます。そんな訳で昔の“彼”とズクがダブって、ついつい過保護気味にしてしまいちょっと反省もしています。いま風に言えばコンパニオン・アニマルですが、ズクにとっても私たちがコンパニオン・アニマルであってくれればいいな、と思ったりしています。

犬の事ばかり話して、犬嫌いの方には申訳ありません。お許し下さい。

◇◇◇

西沢まもるさん
昭和10年、信州・渋温泉生まれ。18歳の時、漫画家を志して上京。雑誌のカットや学習雑誌の連載漫画で“腕”を磨かれる。昭和48年、一粒種・哲君の健康上の理由や趣味のSL撮影を通じて、信州の自然の良さを認識されたことから、長野市へ“Uターン”。翌49年9月から、信濃毎日新聞夕刊に連載中の「ズクたん」は18年目に入る人気漫画。代表作は「ズクたん」、東京時代「一年の学習」(学研)に連載中した「たぬきのまめたん」など。趣味のモノクロ写真は30年を越える。長野市青木島在住、56歳。大のえんめい茶党である。

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