黒姫山麓に生きる

ここでは、えんめい茶誕生ともに歩んできた創業者狩野誠の生きざまを描いた冊子、これまでに発刊された情報誌を会社の資産としてまとめました。当時の文章そのまま載せているため、固有名詞、年、表現方法等が現在と異なっている場合があります。ご容赦ください。

雪深い信州に荒野を開き、農民企業「えんめい茶」を創り、
魂の開拓を叫び続けて生きた夫妻の30年の記録。

1976年2月発刊
冊子「黒姫山麓に生きる」より
リポート・カメラ 編集部・山口進

これがまあ 終のすみかか 雪五尺 (一茶)

一茶の生地でもあり、また終焉の地でもあった柏原(長野県上水内郡信濃町)からは、 飯綱、黒姫、妙高等、北信五岳の美しい山容が目前に望まれる。
その黒姫山麓、信越線黒姫駅から戸隠へ向う道の両側には戦後外地からの引き揚げ者、東京での戦災者たちによって、切り開かれた耕作地が広がっている。その開拓地の間に点在する家々の中に赤い屋根の大きな建物が目につく。そこが「延命茶」を作っている工場で、近づいてみると、「黒姫和漢薬研究所」「信州薬草センター」「桃太郎山荘」等、いくつもの門標が道路わきの入り口に建てられている。
社長の狩野誠氏(現会長)が、この「延命茶」を創製した人である。またこの山麓に広がる開拓地の三十年にわたる苦闘の歴史は狩野さんの年輪でもあり、「延命茶」を生み出した母体でもあった。またそこに立つ建物の一つ一つがこの荒野の中で灯をともし続ける記念碑でもある。
晩秋のある日私はこの黒姫山麓に狩野さんを尋ねた。狩野さんは夜のふけるのも忘れ、三十年をふり返って、そのあゆみを語ってくださった。

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