黒姫山麓に生きる

苦難の雫

―えんめい茶はどういう動機で作り始められたのですか。

「子供たちをあづかっていたとき・・・ちょうど今ごろですよ。農家の軒下あたりに越冬食糧としてかぼちゃが並んでいるのです。山には食べ物がないので、大八車を引いて5-6人の子供をつれて、かぼちゃを買いに行きました。『おじさんそのかぼちゃを少し譲ってくれませんか』と言うと、『このかぼちゃはお前たちに食わせるんじゃない、豚にやるんだ』
と言うんです。その横で大きな犬が洗面器で米のごはんを食べているのです。それをじっと見ている子供たちのあわれな顔・・・・・。

そのとき私は、特攻機に乗って散っていった友のことを考えていました。彼らは何のために死んでいったのだ、と。怒りともさびしさとも分からない気持ち、そして子供の目がうらめしそうに見ている・・・。その時の日記が今でも残っていますが・・・・。空の大八車を引いてガラガラとこの前の道を帰ってきました。もう下へなんか行くな!それがお茶の発想になりました。先日、そのころの子供が立派な青年になって尋ねて来ました。事務所の前にある車輪を見て、『これはあの頃の大八車ですね』といって感慨深げに車をなぜていました。

だいたいここは地がやせていますから、笹くらいしか生えていないんです。耕してもなかなか笹の根がとれなくて。その笹の葉は昔から防腐作用があるので保存食糧として珍重されていました。寿司に笹の葉がついているのはそのためだと言われています。上杉謙信公は陣中食として笹で包んだ蒸し米をチマキとして創り出しました。冬眠からさめた熊が笹の葉を食べて体力をつけるとも言われています。

この笹の葉を煎じて小学生の子供たちに飲ませましたから、これを元にお茶を作ろうと考え、笹の新芽にハブ茶、ハトムギ、クコ、延命草を加えて、自然の風味ある薬草茶の開発につとめました。

家内と家内の母親が薬草を摘み、加工包装し、私が地元の民宿や、野尻湖のみやげ店、赤倉の旅館等に置いてもらうようにセールスして歩きましたが、『こんなマグサみたいなもの売れますかね』とにべもなく断られることがしばしばでした。」
「いつだったか、主人と二人で売り歩いていてさっぱり売れなくて、帰りがけに全部川へ捨ててしまったことがありましたわ。」

狩野さんは、カルピスやコーラのポスターを横目に見ながら、断られても、托鉢僧のように根気よく訪ね歩いた。そうした苦労が少しずつむくいられたのか、ぼつぼつ店に置いてくれるようになった。開拓地から出稼ぎに行っていた人々が、一人、二人と協力してくれるようになった。みんなこの農民企業を育てて行こうという意欲に燃えて工場も自分たちの手で作り上げた。

「注文があると、みんないらっしゃいと言って人を集めて作るんです。働いてもらえるというのがうれしくて、わっと人が集まって作ると在庫がたまるので、みんなでふろしき包みをかかえて売りに出ていったり、木工所を作って民芸品や彫刻品を作ったりして、なんとかみんなに働いてもらおうと考えました。」

「電気料を月末までに払わないと工場の電気が止められるとかいろいろな悩みが山積しているのですが、家内は、みなさん心配しなくても大丈夫よ、といっているんですね。工場の人々はみな家内を信じて安心して働いてくれました。」
「そのくせ、夜になると、いったいどうなることかと、しょんぼりしてしまいますのよ」

―工場で働いている人に聞いてみましたら、仕事はきびしいけど、楽しく働ける。特に常務さん(奥さんのこと)が一人一人に細かく気を配ってくれると言っていました。

「私たちまだ商人としては甘いところがあるんです。むしろその甘さを大切にしているところがあるんじゃないかしら。でも、いろいろ勉強させていただきました。どっと注文があり喜んでたくさん作って納めたら、その会社が倒産してしまったり、信用していたお得意さんからの小切手が不渡りになったり。」

「そんな苦境のとき、東京の日立製作所本社から大量の注文がありました。早速発送の手続きをし、とりあえず私はリュックにいっぱいつめ込んで丸ビルの本社へ届けました。帰ろうとしたら、社長さんがお目にかかりたいから、というのです。社長の倉田主悦さんが『今まで『持病の通風で苦しんでいました。主治医からえんめい茶をすすめられて飲んでいましたら、長い間の難病が消えてしまいました。こんないい自然のお茶を作っている人に会いたいと思っていました。・・・・やっぱり私が想像していたようにあなたは商売気のない野人ですなー。これからもがんばって下さい』と握手を求められました。

農民企業、素人商人がきびしい寒さで凍え死にの寸前であったのに、この暖かい倉田さんの手のぬくもりによって、からだ全体、心までも暖められたような気がしました。また地元の黒姫グランド・ホテルも常用茶として使用して下さるようになり、販路も広がってまいりました。」

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